稲盛和夫さんが2022年8月24日に90歳でこの世を去って1年が経ちました。
ご存知の通り、当協会は稲盛さんの思想と理論をベースにした研修コンテンツを開発し、また稲盛さんに多大な影響を受けた理事・メンバーで運営してきましたので、この1年は喪に服す意味で、従来のお客様から依頼される研修を実施する以外は、メルマガ配信などの新規営業活動を自粛しておりました。
今号より再開致します。
稲盛さんは、経営哲学に「潜在意識」というワードを明確に取り入れた最初の経営者だと考えています。
もちろん稲盛さんに影響を与えた松下幸之助さんも「潜在意識」のことを言っておられるであろう数々の名言を残されていますが、「潜在意識」というワードは出てきません。
今号では稲盛さんの大ベストセラー「生き方」より「潜在意識」のワードが出てくる章をご紹介します。
P39 求めたものだけが 手に入るという人生の法則
世の中のことは思うようにならない――私たちは人生で起こってくるさまざまな出来事 に対して 、ついそんなふうに見限ってしまうことがあります。けれどもそれは、「思うとおりにならないのが人生だ」と考えているから 、そのとおりの結果を呼び寄せているだけのことで 、その限りでは、思うようにならない人生も、実はその人が思ったとおりになっているといえます。
人生はその人の考えた所産であるというのは、多くの成功哲学の柱となっている考え方ですが、私もまた、自らの人生経験から、「心が呼ばないものが自分に近づいてくるはずがない」ということを、信念として強く抱いています。つまり実現の射程内に呼び寄せられるのは自分の心が求めたものだけであり、まず思わなければ、かなうはずのこともかなわない。
いいかえれば、その人の心の持ち方や求めるものが、そのままその人の人生を現実に形づくっていくのであり、したがって事をなそうと思ったら、まずこうありたい、こうある べきだと思うこと。それもだれよりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって、そうありたいと願望することが何より大切になってきます。
そのことを私が肌で知ったのは、もう四十年以上も前、松下幸之助さんの講演を初めて 聴いたときのことでした。当時の松下さんは、まだ後年ほどには神格化されておられないころで、私も会社を始めたばかりの、無名な中小企業の経営者にすぎませんでした。そこで松下さんは有名なダム式経営の話をされた。
ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水が出て洪水を起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じてしまう。だからダムをつくって水をため、天候や環境に左右されることなく水量をつねに一定にコントロールする。それと同じように、経営も景気のよいときこそ景気の悪いときに備えて蓄えをしておく、そういう余裕のある経営をすべきだという話をされたのです。
それを聞いて、何百人という中小の経営者が詰めかけた会場に不満の声がさざ波のように広がっていくのが、後方の席にいた私にはよくわかりました。「何をいっているのか。その余裕がないからこそ、みんな毎日汗水たらして悪戦苦闘しているのではないか。余裕があったら、だれもこんな苦労はしない。われわれが聞きたいのは、どうしたらそのダムがつくれるのかということであって、ダムの大切さについていまさらあらためて念を押されても、どうにもならない」そんなつぶやきやささやきが、あちこちで交わされているのです。
やがて講演が終わって質疑応答の時間になったとき、一人の男性が立ち、こう不満をぶつけました。「ダム式経営ができれば、たしかに理想です。しかし現実にはそれができない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えてくれないことには話にならないじゃないですか」これに対し、松下さんはその温和な顔に苦笑を浮かべて、しばらくだまっておられました。
それからポツリと「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」とつぶやかれたのです。今度は会場に失笑が広がりました 。答えになったとも思えない松下さんの言葉に、ほとんどの人は失望したようでした。しかし私は失笑もしなければ失望もしませんでした。それどころか、体に電流が走るような大きな衝撃を受けて 、なかば茫然と顔色を失っていました。松下さんのその言葉は、 私にとても重要な真理をつきつけていると思えたからです。
寝ても覚めても強烈に思いつづけることが大切
思わんとあきまへんなあ―この松下さんのつぶやきは私に 、「まず思うこと」の大切さを伝えていたのです 。ダムをつくる方法は人それぞれだから、こうしろと一律に教えられるものではない。しかし、まずダムをつくりたいと思わなくてはならない。その思いがすべての始まりなのだ。松下さんはそういいたかったにちがいありません。
つまり 、心が呼ばなければ、やり方も見えてこないし、成功も近づいてこない。だからまず強くしっかりと願望することが重要である。そうすればその思いが起点となって、最後にはかならず成就する。だれの人生もその人が心に描いたとおりのものである。思いはいわば種であり、人生という庭に根を張り、幹を伸ばし、花を咲かせ、実をつけるための、もっとも最初の、そしてもっとも重要な要因なのである――。
折にふれて見え隠れしながら私たちの人生を貫くこの真理を、私はそのときの松下さんのためらいがちなつぶやきから感じとり、また、その後の実人生から真実の経験則として学び、体得していったのです。
ただし願望を成就につなげるためには、並みに思ったのではダメです。「すさまじく思う」ことが大切 。 漠然と「そうできればいいな」と思う生半可なレベルではなく、強烈な願望として 、寝ても覚めても四六時中そのことを思いつづけ 、考え抜く。頭のてっぺんからつま先まで全身をその思いでいっぱいにして、切れば血の代わりに「思い」が流れる。それほどまでひたむきに 、強く一筋に思うこと 。そのことが 、物事を成就させる原動力となるのです 。
同じような能力をもち 、同じ程度の努力をして、一方は成功するが 、一方は失敗に終わる 。この違いはどこからくるのか。人はその原因としてすぐに運やツキを持ち出したがりますが、要するに願望の大きさ、高さ、深さ、熱さの差からきているのです 。こういうと、あまりに楽観的すぎると首をかしげる人もいるかもしれません。しかし寝食も忘れて、思って、思って、思い抜くということは、そう簡単にできる行為ではありません。強い思いとすさまじい願望を持続させ 、ついには潜在意識にまでしみ込ませるほどでなくてはいけないのです。
企業経営でも 、新規の事業展開や新製品開発などでは、頭で考えればたいてい、これは無理だろう、うまくいかないだろうと判断されることのほうが多いものです 。 しかしその「常識的な」判断にばかり従っていたら、できるものもできなくなってしまう。本気で何か新しいことをなそうとするなら、まずは強烈な思い、願望をもつことが不可欠なのです 。
不可能を可能に変えるには 、まず「狂」がつくほど強く思い、実現を信じて前向きに努力を重ねていくこと。それが人生においても、また経営においても目標を達成させる唯一の方法なのです。