vol.115 アフガニスタンの地で人道支援に尽くした中村哲医師と潜在意識【人生を好転させる潜在意識の活用法】 

命の危険をも顧みずアフガニスタンで人道支援のために病院や用水路の建設などの復興事業に力を尽くしてきた中村哲医師が、2019年12月4日に車で移動中に銃撃され亡くなられました。

深く哀悼の意を表します。

中村医師は、1984年にパキスタンの僻地に赴任後、パキスタン国内での活動が同国政府の圧力で困難になったため、アフガニスタンに拠点を移して半生をかけた活動を続けておられました。

 

中村氏は医師ですが、その活動内容は命を救う医師の範囲を大きくこえ、世界で貧困に困っている人に対して援助を多額のお金でする慈善家よりも現地の役に立つことを実行し、精神的な安らぎを与える著名な宗教家の言葉よりも有言実行の行動は人々の生活に精神的な安らぎを与えてきました。

中村医師が行ってきた人道支援の尊敬すべき内容と、人間である以上は命の危険をおかしまで半生をかけてこれほどまでに徹底した人道支援はできないのに、なぜ中村医師はできたのか潜在意識の面から考えてみたいと思います。

 

■普通の人間が持つ欲求の種類と生き方の価値観

 

人間には大きく分けて2つの欲求があります。

おいしいものを食べたい、安全・快適に過ごしたいなどの「生理的欲求」と、お金が欲しい、他人より優れて尊敬されたいなどの「社会的欲求」の2つです。

前者の「生理的欲求」は100%利己的な感情で、この欲求を妨害されれば誰でも強い怒りが湧いてくることでしょう。そのため、通常は命の危険があり、快適に過ごせない所に自らの意思で行こうと思う人はほとんどいません。

あえて行く人がいても多くは何らかの「社会的欲求」を満たせるという価値観を重視して、一時的、短期的に行動を起こすだけにとどまるのが一般的です。

「生理的欲求」が満たされれば「社会的欲求」を満たすために行動を起こす人はいますが、いくら「社会的欲求」が強くても、その行動する前提には最低限の「生理的欲求」が満たされていなければなりません。

 

中村医師は「生理的欲求」のなかでも最も人間が重視する「命」の危険を感じながら、「家族と一緒に暮らす幸せ」などを犠牲にして、異国の人のために医師の範囲を大きくこえた人道支援をできたのはなぜなのでしょうか?

 

■中村医師が行ったアフガニスタンでの人道支援の概要

 

中村医師は、1984年5月から現地で医療活動を開始。パキスタンやアフガニスタンの両国に病院や診療所を開設するなど医療支援に尽力します。

しかし、活動拠点をアフガニスタンに移した2000年に大干ばつが発生。いくら医療支援しても命の維持に最低限の必要な水がない、あっても飲料水に適していないことから多くの命を助けられないと現実に直面し、命を救うためには医療支援だけでは駄目だと考えます。

多くの医師、および医師ではなく別の専門知識を持って支援している人は、このような現実に直面すると自分の専門知識の範囲で最大限の努力を払い、専門外の知識を習得して対策案を立案するまでは行うかもしれません。

しかし、多くの場合、そこまでにとどまり自分の専門外の知識が必要になる作業を自ら体を使ってまですることはありませんが、中村医師は、水源確保のため井戸の掘削や復旧作業を自ら先頭にたって作業を行います。

また、砂漠化した土地では、食料が不十分で健康の維持が困難な状況に対しては、本格的な土木事業に取り組み、自ら重機を運転するなどして25キロの長さに達する農業用の用水路を完成させます。

 

この結果、1万6,500ヘクタールの砂漠が緑の大地に変わり、今まで難民として劣悪な環境でしか生活ができなかった人たち65万人が用水路の流域で農業をして食料に困らずに定住できるようになりました。

さらに、中村医師が現地の人に慕われて、尊敬されていたのは支援事業そのものだけではなく、支援にあたって現地の生活習慣や伝統文化を理解したうえで支援を進めたことです。

アフガニスタンでは治安回復や復興支援のため、アメリカ軍を始め世界中からさまざまなNGO団体が活動していましたが、その多くは欧米の価値観の押し付けで行われており、現地の人たちに心から受けいれられる魂の入った支援にはなっていなかったようです。

 

■中村医師の行動を生み出したのは潜在意識!?

 

人間や動物には生存本能があり、命が犠牲になる行動は避けます。中村医師は、日本国内で生活すれば医師として社会的なステータスも収入も得られ、誰もが望む家族に囲まれた生活が保障されていました。そ

のため中村医師のアフガニスタンでの人道支援は、医者として多くの命を救いたいという医者の倫理、あるいは貧困にあえぐ人たちの生活を豊かにしてあげたいという「社会的欲求」だけでは、そう簡単に生まれてこないと考えられます。

では、自分の命を危険な目にあわせても、あるいは医者の仕事の範囲をこえた土木事業を自ら1人の作業員として実行するモチベーションはどこから生まれたのでしょうか?

 

恐らく中村医師の心の奥底、潜在意識に潜む「自分の死を乗りこえても、たとえどんな万難があってもそれを排して、人の役に立つ、そういう生き方をしなければならない」という声なき声に突き動かされたものでないかと考えられます。

中村医師は、小さい頃から父親に「早く大きくなって、日本の役に立つ人間になれ。お前は親を捨ててもいい。世の中のためになる人間になれ!」と耳にタコができるほど聞かされたと言います。

中村医師は、その言葉と自分自身が生きていくうえでの人生の価値観が共鳴し、中村医師自身もそうなりたいと強く意識したから行動できたのではと考えられます。

自分自身の本能的な行動を変えるのは簡単ではありませんが、潜在意識を活用すれば、人に言われなくてもやりたいことを強く意識し、なりたいと思いこめば自分を変えられます。