vol.64映画「ボヘミアン・ラプソディ」とフレディ・マーキュリーの潜在意識【人生を好転させる潜在意識の活用法】

「ボヘミアン・ラプソディ」は、世界的な伝説のイギリス出身の男性4人組ロックバンド「クイーン(Queen)」のボーカルで、1991年に45歳の若さで亡くなったフレディ・マーキュリーの半生を中心に繰り広げられた人間模様を描き、最後のライブシーンが圧巻の映画です。

「クイーン」のデビューは1973年ですから活躍した時期は今から約30年から45年も前の時代です。数多くのヒット曲を残し、半世紀に近い時代をこえて、今なお多くの人の魂を揺さぶり魅了する「クイーン」のフレディ・マーキュリーと潜在意識の関係について紹介します。

■映画「ボヘミアン・ラプソディ」の概要

「ボヘミアン・ラプソディ」は、「クイーン」のフレディ・マーキュリーの半生を描いた伝記ドラマで、制作に10年近くもかかった映画です。
「クイーン」の数々のヒット曲がちりばめられ、映画の題名になっている「ボヘミアン・ラプソディ」や「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった名曲誕生の瞬間や、「アフリカ難民救済」を目的として1985年7月13日に行われた20世紀最大のチャリティーコンサート「ライブ・エイド」でのフレディ・マーキュリーの圧巻のパフォーマンスなどが再現されています。

映画の音楽総指揮は、クイーンのメンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが手掛け、劇中ではフレディ・マーキュリーの実際の歌声が主に使用されています。
「クイーン」のファンにとって名曲誕生までの秘話が分かり、「クイーン」を詳しく知らない世代には「クイーン」の魅力やフレディ・マーキュリーの魂の響きを感じ取れる映画です

 

■「クイーン」とフレディ・マーキュリーについて

「クイーン」は1973年にデビューし、イギリス、アメリカなど世界中で成功。アルバムとシングルのトータルセールス数は2億枚とも3億枚ともいわれるロックバンドです。

ボーカル担当のフレディ・マーキュリー(1991年にHIV感染合併症によって45歳で死去)は、インド人の両親からアフリカのタンザニアで1946年に誕生。小さい頃から複数のロックバンドで活動し、ピアノとボーカルを担当。1970年にギタリストのブライアン・メイ、ドラマーのロジャー・テイラーのバンド「スマイル」に加わり、ベーシストのジョン・ディーコンが翌年の1971年に加入したことで、ここに伝説のバンド「クイーン」が誕生します。

フレディ・マーキュリーは、世界の常識や既成概念に逆らって従来の音楽の概念を打ち破り、世界中から愛された歌ととものマイクパフォーマンスで人々を魅了したエンターテイナーです。レディ・ガガはフレディ・マーキュリーを「史上最高の天才エンターテイナー」と称賛しています。

しかし、一方で両親がインド人という出自や容姿にコンプレックスを持ち、小さい頃から「部屋でひざを抱え、音楽が居場所だった」と孤独な思いをしています。また、バンドで世界的な有名人になっても、セクシュアルマイノリティだったことで、そのことを当時はオープンできず、また理解されずに苦悩していました。今の時代であれば、HIVは死の病気ではなくなり、セクシャルマイノリティに対する偏見や誤解も大幅に小さくなっており、時代がずれていればもっと長く活躍でき、また孤独になることもなかったかもしれません。

しかし、すばらしいパフォーマンスが生まれたのは、孤独や悩みが才能にプラスされたからであって、もしそれがなければ生まれなかったかもしれないことを考えると、これはこれで、よかったのかもしれないと少し複雑な気持ちになります。

 

■フレディ・マーキュリーの歌が今も心を揺さぶるのは彼の魂(潜在意識)

フレディ・マーキュリーと同時代に歌を聞いた人だけでなく、彼の歌が心を強く揺さぶるのは歌に彼の魂(潜在意識)が強く働いているからです。フレディ・マーキュリーは、「僕はスターにはならない。伝説になる」「妥協は僕にとって、最も汚い言葉だ」「とてつもなくビッグになると思っていたし、実際そうだった」「より大きく、よりすばらしく、これがすべてさ」などいう言葉を残しており、強い意志を潜在意識に持っていたことが分かります。

その潜在意識が、彼が念じ信じた伝説になるという言葉を実現させるとともに、彼の人生の生きざまが詰まった歌が魂(潜在意識)を通じてすべての聴く人の心に響くのです。なぜなら、潜在意識から生まれる信念を持った人からは誰もが自然に強い影響を受けるからです。潜在意識は人に影響を与えるほど強い力を持ちます。

 

人生を好転させる潜在意識の活用法

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